Info > 沖縄県名護市辺野古移設計画の経過
●辺野古移設計画の経過
1996年 4月 〇日米両国が米軍普天間飛行場返還で合意
           12月 〇沖縄本当東海岸沖に代替基地建設との日米特別行動委員会(SAKO)
         名護市辺野古沖を想定
1997年12月 〇同市の住民投票で基地反対が過半数。
          比嘉鉄也市長が基地受け入れと辞任を表明
1998年 2月 〇市長選で前助役の岸本建男氏初当選
1999年11月 〇沖縄県が移設候補地を辺野古沿岸域に決定。
          岸本氏が受け入れを表明し、政府は移設先として閣議決定
2002年 2月 〇岸本氏再選
             7月 〇辺野古沖埋め立て工法での基本計画合意
2005年10月 〇移設先を辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に変更した米軍再編の中間報告。
          岸本氏は拒否
2006年 1月 〇市長選で島袋吉和氏が当選。移設案修正協議に柔軟姿勢
             4月 〇島袋氏がV字形滑走路建設との計画修正で政府と合意
             5月 〇日米が在日米軍再編最終報告で合意
2009年 9月 〇鳩山政権発足。首相は県外移設が前提との考え表明
           12月 〇首相が移設先を10年5月までに決める方針表明
2010年 1月 〇市長選で辺野古移設反対の稲嶺進氏初当選