経営幹部の最も大きな役割は「新たな儲かる仕組み」

経営幹部の最も大きな役割は「新たな儲かる仕組み」を考え、ビジョンとして提示することにある。
重要なのは、「正しいか正しくないか」でなく、自分は「何をやりたいか」だ。
そして、それを最前線にまで自分の言葉で伝達することができるかどうか。
さらには、業績だけでなく「人」への強い興味、自分自身に対する管理能力、自らが出したバリューの検証など、変化の時代にあって、経営幹部に求められる新たな条件を解き明かす。  慶應大学大学院政策・メディア研究科教授
高橋 俊介 たかはし・しゅんすけ
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、人事コンサルタント。1954年東京生まれ。プリンストン大学工学部修士課程を修了し、マッキンゼーアンドカンパニー、世界有数の人事組織コンサルティング会社の日本法人ワイアット(現ワトソンワイアット)を経て現在に至る。近著に『キャリアショック』『組織改革』(東洋経済新報社)など

ロジカルシンキングではビジョンは作れない
街の書店に入ると、ロジカルシンキングや論理的思考のハウツウ本が山積みされている。確かに現代のビジネスマンにとって、論理的思考は必須の能力だが、それが万能であるかのような風潮には、疑問を感じざるを得ない。変化の時代の企業経営にとって、最も重要なのはビジョンの構築であり、それは決して、論理的思考からは生まれないからだ。
自立組織とは、「WHAT→HOW→DO→CHECK」の仕事のサイクルにおいて、社員の誰もが自らのWHATをつくり出していく組織だ。中でも、「最大のWHAT」「WHAT中のWHAT」ともいうべきものが、ビジョンだ。変革の時代に求められるビジョンとは、新たなビジネスモデル、これまでとは違う儲かる仕組みを明示することだ。
かつて、追いつけ追い越せの時代や右肩上がりの時代には、先行企業に追随すれば成功が約束されたため、ビジョンは成功している欧米企業や競合他社が与えてくれた。金融などの規制業界では政府が示してくれた。しかし、今は個々の企業が自らのビジョンを持ち、方向づけしていかなくてはならない。
これまで経営幹部は、企業という大きなピラミッド構造の最上層に立って、外から与えられたビジョンのもとで、大きな意思決定をすればよかった。これに対し、自立組織とは、それぞれがWHATを生み出す数多くの小さなピラミッドの集合体になる。このとき経営トップは、この集合体を統括する“メタ社長”的な役割を担うことになる。メタ(meta-)とは「一段上位の」「超越した」といった意味の言葉であり、したがって、メタ社長は従来の経営者より、一段高いレベルから経営を捉え、企業全体の経営ビジョンを明示する責任を負う。
また、事業分野が多岐にわたる総合型企業の場合は、経営トップの役割はより高次になるため、もともと抽象性の高いビジョンがより抽象的なものとなる。そこで、個々の事業に責任を持つカンパニープレジデン
トや事業部長が、トップの掲げたビジョンを受けて、自分の考える事業ビジョンを明確に示す必要が出てくる。ところが、日本の企業では、経営幹部が社内で自らのビジョンを語ると奇妙な現象が起こる。
例えば、ある事業部長が新しい事業ビジョンをプレゼンしたとしよう。すると、「それは確かに面白いがどうやって実現するのか」「言うことはわかるがこういう難しさがある」「本当にその案がベストなのか、もっといい案があるのではないか」…等々、WHATそのものではなく、HOWの部分をすぐに知りたがり、議論が延々続いて、結局、大きな意思決定ができないケースが多い。
事業ビジョンの提示
なぜ、こうした現象が起きるのか。それは、ビジョンには「正しい解」があり、方程式を解くように、論理分析的に導き出せると考えている経営者が多いからだ。しかし、これからの時代のビジョンは、何が正しいのか誰もわからない。重要なのは、正しいかどうかではなく、自分が「何をやりたいか」だ。それを実行可能な形に落とし込んでいくときに、初めて論理的思考が必要となる。
これを実践している代表例がホンダだ。例えば、新しい戦略車の開発プロジェクトなどで、リーダーは「何をやりたいか」を徹底的に問われ、未熟だと却下される。ひとたび認められれば、それをどう実現するかを考え、実行していく。こうした「ビジョン=やりたいこと」重視の企業は変化対応力が高いビジョンを構築したら、次の課題は伝達だ。ビジョンは組織の最前線にまで伝達されて初めて意味を持つ。第一線の一人ひとりが環境の変化を読みながら小さなWHATを考え、新しい手を打っていくとき、ビジョンが浸透し、大きな方向性が共有されていれば、結果として全体最適が実現できる。また、変化の時代には朝令暮改も当然ありうるが、具体的な命令は変わっても、おおもとのビジョンに一貫性があり、最前線まで浸透していれば、組織は振り回されることがなく納得しやすい。
では、どのように伝達していけばいいのか。ビジョンは抽象性の高いメッセージだ。具体的な命令ならば、言葉と意味合いが一致して伝わるが、抽象度が高くなると、言葉づらで知っていることと、真の意味合いとの間にギャップが生じやすい。このギャップを埋め、“腑に落ちる”レベルまでわかりやすく伝達できる能力が重要になる。
その意味で、長嶋 茂雄は、野球の監督はできても、サッカーの監督には向かない。野球では“カンピュータ”でその都度、バントやヒットエンドランを指示すればいいが、選手が自立的に判断してプレーするサッカーでは、自分のビジョンや戦略をわかりやすい言葉で伝えなければならないからだ。
伝達にはいくつかのテクニックもある。象徴的なキーワード、具体事例、アナロジーやメタファー(喩え)などは効果的であるし、場合によってはデフォルメもある。もう一つ大切なのは、組織階層による“伝言ゲーム”ではなく、経営幹部自ら全員に向かって直接自分の言葉で伝えることだ。例えば、ある事業部長が、「顧客への質の高い企画提案により戦略的パートナーシップを構築する」というビジョンを掲げたら、「○○部の××さんは、こういう内容の提案を行い高い評価を受けた」といった成功事例なども挙げながら、毎週、部内の社員宛に自分の考え方についてメールを送る。よりダイレクトな伝達が必要なときには、全部門の人間を全員集め、フェイス・トゥ・フェイスで熱く語る。そのくらいの気迫と熱意がなければ、抽象的なビジョンの真意は伝わらないだろう。